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POST:井坪 寿晴 2026.04.03
「使わなくなった部屋のこと」 ——それでも、消えないものがある
皆さんこんにちは、社長の井坪です。
ふと気づくと—— あの部屋に、誰も入らなくなっていた。

子どもが巣立ったあとの子ども部屋。 親が施設に入ってから、そのままになっている和室。 賑やかだった食卓が、 いつの間にか二人分になっている。
家は変わらない。 でも、暮らしは変わっていく。
その”ずれ”が、 なんとも言えない気持ちを残していく。
この仕事をしていると、 そんなタイミングで連絡をいただくことがあります。
「子どもが出て行ったら、なんだか広くて…」 「あの部屋、どうしたらいいのかなと思って」
リフォームの相談のようで、 でも本当は—— リフォームの話じゃないんですよね。
そこには、思い出がある。 変えてしまうのが、少し怖い。 でも、このままにしておくのも、少し苦しい。
そのあいだで、揺れている。
だから私は、そういう話を聞くたびに、 この仕事をやっていてよかったと思うんです。
私たちの設計担当には、 打ち合わせで必ず聞くように伝えています。
「将来、この部屋はどう使いますか?」
そうしてほしいと、お願いしました。 自分が毎回その場にいられるわけじゃない。 それでも、この問いだけは現場に生きていてほしくて。
多くの方が戸惑います。 まだ小さな子どもの未来なんて、想像できない、と。
でも、その問いに向き合うと—— そのご家族の”これから”が、自然と見えてくる。
子どもが独立したあと。 夫婦でどう暮らすのか。 誰かが帰ってきたとき、どんな時間を過ごすのか。
家は、今のためだけにつくるものではない。 まだ来ていない時間のためにも、 そっと用意しておくものだと、私は思っています。
以前、こんなことがありました。
お引き渡しから何年も経ったお客様が、 ふらっと会社に顔を出してくれたんです。
「社長、ちょっと聞いてほしくて」
そう言って話してくれたのは、 お父さんが亡くなったあとのことでした。
「父の部屋、片づけようと思って入ったんです。 でも…動けなくなってしまって」
部屋の隅に、読みかけの本。 窓際に、飲みかけのコップ。 いつもと同じ光が、いつもと同じように入ってくる。
「この家を建ててもらって、よかったと思いました。 父が最後まで、ここが好きでいてくれたから」
私は、何も言えませんでした。
ただ—— 胸の奥に、静かに火が灯るような感覚があって。
ああ、これだな、と。 これのために、この仕事をしているんだと思いました。
家をつくるということは、 寸法を決めることではなく、 “時間”をつくることだと、 私が社員によく話すことがあります。
この廊下を、何度行き来するのか。 この窓から、どんな朝を迎えるのか。 この台所で、どれだけのご飯が炊かれるのか。
自分が毎日現場に立てるわけじゃない。 だからこそ、この問いだけは、 社員と何度でも話したいと思っている。
一本の柱、一枚の床に、 名前のない日常が、少しずつ積み重なっていく。
だから—— 見えないところほど、手を抜かない。
家は、受け継がれていくものでもある。
親が愛した家で、 今度は孫が走り回る。
床の傷も、柱の跡も、 全部そのままで。
それを「古い」と言うこともできる。 でも私は、 そこに”生きた時間”を見るんです。
住み継ぐということは、 思い出を捨てずに、 次の時間へ手渡すこと。

「ここだけは残したい」
そう言われる場所には、必ず理由がある。 モノではなく、 “誰かがいた証”だからです。
想いの器は、 一代では完成しない。
使われて、傷ついて、 誰かに引き継がれて、 また新しい時間が染み込んでいく。
そうやって、家は深くなっていく。
最近、少しだけ思うことがあります。
何でも早く。 何でも便利に。 何でも、それっぽく。
家も、そういう流れの中にある。
でも—— 早くつくれる家は、早く古くなる。 それっぽい家は、記憶に残らない。
そこだけは、曲げたくない。
十年後に、 「やっぱりここでよかった」と言える家。 三十年後に、 「この家、残したい」と思える家。
そのためには、 腕だけじゃなく、 想いも手を抜かないこと。
遠回りで、地味で、 すぐには伝わらないことかもしれない。
でも—— それがなければ、 住み継がれる家にはならないと思っています。
私たちがつくっているのは、 モノとしての家ではなく、 想いの器としての家です。
まだ見ぬ誰かの人生まで、 そっと支えられるように。
その器が、世代をこえて受け継がれていく日を願いながら、 今日もまた、 誰かの時間を受け止める家を、つくっています。
感謝。