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POST:井坪 寿晴 2026.07.03
少水の魚
皆さんこんにちは、社長の井坪です。
日曜日、父の十七回忌を家族で行いました。
お経をあげてくれたのは、龍翔寺の若和尚。
「若和尚」と言っても、もう47歳です。
父が亡くなった時は、まだ住職ではなかった。
あの頃の青年が、今は堂々とお経をあげている。
十七年。
人が変わるには、十分すぎる時間です。
お経の後、和尚さんが一つの言葉を紹介してくれました。
「少水の魚に楽しみあり」

水たまりのような浅い水の中にいる魚。
いつ干上がるか分からない。
でも、その魚は、今いるこの水の中で、懸命に生きている。
そこに、楽しみがある。
和尚さんは静かにこう続けました。
「いま、ここを生きるしあわせ」
私は、熱烈な信仰心があるわけではありません。
昔からこのお寺の檀家で、だからここにお世話になっている。
でも、この言葉は残りました。
限りある時間の中にいる。
それは、不安なことかもしれない。
でも、だからこそ、今この瞬間を生きることに意味がある。
十七年前、父を見送った時、私は何を思っていたのか。
正直、あまり覚えていません。
ただ、がむしゃらだったと思います。
会社を継いで、目の前のことに必死で、立ち止まる余裕なんてなかった。
今、こうして十七回忌を迎えて、家族と手を合わせて、和尚さんの話を静かに聞いている。
少しだけ、
「いま、ここ」を感じられるようになった気がします。
たぶん、それも時間がくれたものです。
お寺を出る時、門の横にこんな言葉が貼ってありました。
「幸せだから笑うのではなく、
笑うから幸せが来るのです」

(笑うから、幸せが来る。)
少水の魚。
いま、ここを生きるしあわせ。
そして、笑うこと。
——またオヤジに教えられた気がしました。
感謝。